
「普通のルートから外れてしまった」と当時は思っていましたが、今振り返ると、寄り道したからこそ経験できたこともたくさんあります。
高校卒業後、小売業に就職した私は、2年ほど働いたあと海外留学へ。
その後、日本に戻って会社員になったり、ニートになったり、パートをしたり、コロナで留学計画が頓挫したり。
気づけば、正社員→留学→会社員→ニート→パート→派遣社員と、ずいぶん遠回りしてきました。
このブログでは、そんな私の10年を「放浪記」として少しずつ振り返っていきます。
今回は、その始まりから現在の派遣社員生活にたどり着くまでのお話です。
私の10年間をざっくり振り返ると
- 高校卒業 → 小売業に就職
- 2年ほど働く → 退職して海外留学
- 約1年間の留学 → 日本へ帰国
- 英語を使う仕事に就職(正社員)
- 2年未満で退職 → ニートに
- パートタイムの仕事へ
- リベンジ留学を計画するも、コロナで頓挫
- 派遣社員として働き始める
- 現在へ
こうして並べてみると、我ながらなかなか一直線ではありません。
それでは、私の「10年放浪」の始まりから。
10年迷走の始まり
高校を卒業してから2年間、小売業で働きました。
いわゆるスーパーの店員です。
「お客様は神様」スタイルの、限りなくブラックに近い職場でした。
当時18歳、体力はありましたが、上司に言い返したり、お客様をうまくあしらったりすることができず、大変心が苦しかったです。
当時の賃金は今とは比べ物にならないくらい安く、もちろん物価水準も今とは違いますが、手取りは多分14万円あればいい方。
「新卒はまず3年続けろ」というのが世の中の定石のようでしたが、想像しただけで、その3年が10年くらいに感じられてしまいました。
そんな時、母からこんなことを言われました。
「外大に行きたいくらい海外に興味あったんだから、仕事辞めて海外行ったら?」
私はハッとなりました。
忘れていたのです。
一番興味のあることを。
高校を卒業したらお金を貯めて海外へ行く、という当初の目的を思い出させてくれた母には、感謝しかありません。
今思うと、その頃の私は日々の仕事しか見えておらず、本当に心身ともに余裕がなかったのだと思います。
退職を決めたものの……
これは余談ですが、退職する旨を上司に伝えるのもすごく悩みました。
なんて言おうか、理由をちゃんと話せるか、などなど、すごく心配していました。
ただ、このまま仕事を続けても仕方ないので、すぐに退職の算段と留学計画を立てました。
いよいよ上司に伝える日。
私が切り出す前に先手を打たれ、
「辞めるとか言わないでよ」
と釘を刺されつつも、留学するという意思は固かったので、折れずにきっちり啖呵を切ってやりました。
……嘘です、普通に淡々と伝えました(笑)。
さようなら、スーパー。
初めての海外留学へ
留学計画については、その頃簡単な英語も話せなかったので、留学エージェント選びから始めました。
エージェントの手数料に大金を払いたくはなかったので、一生懸命探し回り、大手数社から個人でやっている会社まであらゆるところに問い合わせ、見比べながら、ようやく手数料無料のとても親身になってくれるエージェントさんに出会いました。
このエージェント探しには、かなり苦労した思い出があります。
そして、2年間働いて貯めたお金を使って海外留学へ出発しました。
正直、勉強自体はそこまで好きではありませんでした。
それでも、英語のサウンドや話している人を見て「かっこいい」、あんな風に喋れるようになりたい、という気持ちを目標に、さらにその先を見据えて頑張ることにしたのです。
最初の留学データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 期間 | 約1年間の語学留学 |
| 目的 | 英語を学ぶこと、海外生活を経験すること |
| 当時の英語力 | 渡航前に3ヶ月独学のみ |
| 留学前の目標 | 語学学校の後、幼児教育の資格→永住権 |
| 結果 | 約1年で日本へ帰国 |
今思えば、これが放浪記の始まりだったのかもしれません。
永住権を見据えて頑張るつもりで行ったのですが、あえなく挫折。
約1年で切り上げて日本に帰国しました。
帰国後の再出発と、じわじわ膨らむ不満
帰国直後は働く意欲も高く、
「英語を使う仕事をするぞ」
と意気込んで、帰国後1ヶ月で無事に英語を使う仕事をゲット。
激務で責任も重かったですが、それなりに楽しくはありました。
ただこの頃から、
「頑張って働いても手元に残るのはこの程度なんだな」
というモヤモヤが少しずつ大きくなっていきました。
私の中の芯もぶれぶれで、他人の意見に振り回されたり、人と比べたりしてはふらふらしていました。
そんな気持ちでは、安定して働けるわけがありません。
勢いだけの私は、またしても2年未満でその仕事を辞め、ニートに。
数ヶ月後には、体力的にしんどくない職場を選んで雇用形態も変え、パートタイムの仕事に就きました。
ここから、私の非正規雇用生活が始まります。
コロナで頓挫したリベンジ留学、そして派遣社員へ
そのパートを辞める2年目の終わり頃、世の中に「コロナ」の予兆が出始めていました。
当時の私は、パートを始めた頃から、近い将来リベンジ留学をしようと計画していました。
ところが数ヶ月後、感染症が本格的に広がり始めました。
日本ではまだマスク着用が始まったくらいの、実感の薄い時期でした。
結果、リベンジ留学の計画は頓挫。
いつまでも凹んでいても仕方ないので、一念発起して転職活動をし、時期が悪いのは百も承知で派遣社員として着地しました。
この記事のまとめ
高校卒業後、小売業を2年ほど経験し、海外留学へ。
帰国後は英語を使う仕事に就いたものの、退職してニートになり、その後パート、そして派遣社員へ。
こうして振り返ってみると、一直線とはほど遠い10年間でした。
当時は「また辞めてしまった」「また予定通りにいかなかった」と思うこともありました。
でも、今振り返ると、その一つひとつが今の自分につながっています。
そして、派遣社員として働き始めた頃に積み重なっていった不満が、ある些細なことをきっかけに、また別の方向へ動き始めます。
その話は、この後続く放浪記や暮らし編でも詳しく書いていきます。
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